今回は、弊事務所が提携致しております弁護士の先生より執筆していただいた成年後見制度について、第1回目~第5回目までを再掲載いたします。
ご覧いただけなかった方は、是非この機会にご覧くださいませ。
【成年後見制度について】
高齢になり認知症になると,これまでは調理の段取り,自分が今いるところの判断,銀行からお金を引き出す方法,トイレの始末など自分で何でもできていた人が徐々に分からなくなり,できなくなっていきます。
介護サービスを受けようにもその話すらできなくなっていきます。
訪問販売で大量に健康食品を買わされたり,不必要な家のリフォームをさせられたりということも生じます。
これまで意識しなくても総合的に対応できていた生活の歯車がうまく回らず,生活していくことが難しくなります。
周りで補って支えてくれる家族がいれば,何とか生活していくこともできますが,そのような家族がいない人の場合はたちまち生活が成り立たなくなります。
核家族化の下で超高齢社会を迎えた日本において,独り暮らしあるいは高齢者夫婦のみの世帯は増加してきており,このような高齢者の暮らしをどう支えるかということが大きな問題になっています。
本人の周囲にいる人の中には,認知症のために十分な行動ができなくなった本人にいらだって暴力を振るったり,本人のお金を取り上げたりして虐待する人もおり,このような人から本人を守ることも必要になります。
生活上の困難を抱える人は認知症の高齢者だけでなく,知的障がいのある人,統合失調症などの精神疾患のある人の中にもおられ,支援の仕組みが必要となります。
このように自分の普段の生活のことを自分で判断できなくなってきた人を支えて,その人のできない部分を補って社会で生活できるようにするための仕組みが「成年後見制度」です。
生活する力が全て失われてしまっている人もいれば,いくらかの部分はできなくなっているが,ほかのことはできるという人もいます。その人が持っている判断能力に応じて3つの支援の仕組みが用意されています。
ア 補助・・・・・生活上のことについて判断する能力が不十分な人
イ 保佐・・・・・生活上のことについて判断する能力が著しく不十分な人
ウ 成年後見・・・生活上のことについて判断する能力を全く失っている人
その人の能力がどの程度かは,精神科医やかかりつけ医に診断してもらい,それを元に家庭裁判所に申立て,家庭裁判所が最終的に判断します。
生活上のことについて判断する能力が低下していると判断されれば,その程度に応じて,上記のいずれかの制度の利用が決定され,それぞれ補助人,保佐人,成年後見人が家庭裁判所から選ばれ,本人の支援に当たります。
【成年後見人等ができること】
判断能力が不十分な人に補助人,保佐人,成年後見人(以上を合わせて「成年後見人等」といいます)が家庭裁判所により選任されますが,成年後見人等は何ができるのでしょうか,何をしてくれるのでしょうか。
成年後見人等には,代理権と取消権が与えられます。
成年後見人等が持っている権限の主なものはこれだけです。
これらの権限に基づいて,成年後見人等は本人の支援をします。
代理権というのは,成年後見人等が,本人のために本人に代わって契約できる権限です。
取消権は,本人がした契約を成年後見人等が後になって取り消すことができる権限です。
取消権は,訪問販売などで本人が契約を結んだ場合に,成年後見人等が取り消すことが典型的な例です。
成年後見人等は,代理権に基づいて財産管理と身上監護をします。
財産管理は,本人の財産を管理することで,介護サービスの契約をしたり,本人の預貯金を管理して,介護サービス利用料の支払をすることなどをします。
年金を管理したり,家の賃貸借契約を結んだり,施設入所契約を結んだり,遺産分割協議をしたりすることも財産管理に含まれます。
身上監護は,生活や療養看護に関することや介護,生活維持に関することや施設の入退所に関することや医療に関することなど生活の様々な場面で,本人に合った入所施設を探したり,入院の判断をしたりすることや介護保険サービスやケアプラン作成にあたって意見を述べたりすることなどが身上監護に含まれます。
どのような施設を探すかということが身上監護で,その施設と契約を結んで介護サービス料を支払うのが財産管理と分けることは可能ですが,どれが財産管理でどれが身上監護かと厳密に分けることは現実には難しく,それらは互いに密接に関連し合ったものとして,本人の生活を支援するものとなっています。
成年後見人等がつくと,成年後見人等が本人の家族に代わって,家族と同じように本人の身の回りの世話を全てすると思う人もいますが,成年後見人等は,本人の財産管理,身上監護を通して,本人の生活全般に必要なことについての手配をするもので,具体的に入浴や食事やトイレの介助をするものではありません。
これらのことは成年後見人等が手配したヘルパーなどにより行われることになります。
【成年後見制度の理念】
成年後見制度は,精神上の障がいにより,判断する能力が低下した人を支援する制度です。
成年後見制度は,平成12年(2000年)から施行されています。
成年後見制度が実施されるまでは,同じような制度として,禁治産制度がありました。
この制度は,判断する能力が低下した人は保護する必要があると考え,保護に重点を置いた制度になっていました。
保護することの究極的なことは,本人に何もさせないことです。
本人に余計なことをさせないように,本人が余計なことをすると,契約取消で対応し,財産もできるだけ減らさないように後見人が管理して,次の世代に引き継ぐということが行われていました。
このような禁治産制度は,用語自体が差別的であり,後見になったことが戸籍に記載され,また,後見の類型も後見と保佐の2つしかなく,本人の状況に応じて柔軟に対応できるような仕組みになっていませんでした。
禁治産制度は,このように保護という考えに重きを置いたものでしたが,成年後見制度は,本人の意思に配慮しています。
判断能力が低下していても,本人は人としての尊厳を有した存在として,自分の思いを反映した支援がされるべきとの考えに基づいています。
成年後見制度の理念は,3つあるとされています。
まず,自己決定の尊重です。
本人の希望に沿った支援が行われることは本人を尊厳ある存在として受け入れることであり,成年後見制度の重要な理念となっています。
次に,現有能力の活用です。
本人が現在持っている能力を活かして社会生活が送れるよう支えることを目的とします。
本人が持つ能力がある以上,それを活かすことは自己決定に資するものであるし,本人の人格,尊厳を尊重することにつながります。
最後に,ノーマライゼーションです。
障がいがあってもなくても,社会で共に同じように暮らせることを目的としています。
成年後見制度は,このような3つの理念に基づいて定められていますが,本人支援の現場では,理想どおりにはいかない場面もあります。
後見人を含む本人の周りの支援者が,本人にとってよかれと思うことを保護的に対応するというようなことがあります。
たとえば,本人がいくら1人暮らしをしたいと言っても,後見人などが,本人の1人暮らしは無理だと決めて,本人を「説得」して施設に入所させることなどです。
理念どおりにはいかない現実があるとしても,成年後見制度の理念は,個人の尊厳に基づくものであり,この制度に関わるそれぞれの人が実践できるよう努力する必要があります。
【成年後見制度と監督義務者責任】
認知症など精神上の障がいのある人が他人に損害を与える行為をした場合,その人が正常な意思活動を行う能力がなく,自分の行為の意味や責任を理解できなければ,その人には非難可能性がなく責任を問えないとされています。
過失は,うっかり精神の緊張を欠くという人の態度であり,精神の緊張を要求できるだけの能力がある人が過失責任を問われる対象となり,そのような能力のない人にも責任は問えないとされています。
非難に値する能力のない人(責任無能力者)の行為により被害を受けた人の被害回復を図り,利害関係人間の調整をするため,民法714条は,責任無能力者の行為により被害が発生した場合,その人を監督すべき法定の義務がある人(監督義務者)は,他人が受けた損害を賠償すると定めています。
ただし,この監督義務者の責任は無条件というわけではなく,監督義務者が監督義務を果たしていたとき,または監督義務を果たしていたとしても損害が発生したであろうときは責任を負わないとされています。
成年後見人もこの監督義務者になるかについて,最高裁判所は,平成28年3月1日,判決を下しています。
この事件は,認知症のある高齢男性が,駅構内の線路に立ち入り,列車に衝突して死亡したことについて,旅客鉄道会社が,死亡した高齢者の妻と長男に対し,両名は本人の監督義務者であるとして,事故により列車に遅れが生じた損害約719万円を請求したものです。
1審の地方裁判所は原告である旅客鉄道会社の請求を認め,2審の高等裁判所は,長男については扶養義務があるだけでは監督義務があるとはいえないとして請求を棄却し,妻については夫婦の同居協力扶助義務に基づき監督義務があるとして責任を認めましたが,損害賠償金は約2分の1に減額しました。
最高裁判所は,妻と長男のいずれも死亡した高齢者の監督義務者ではないとして請求を棄却しました。
また,妻や長男が,本人の監督義務を引き受けたといえる事情もなく,監督義務者に準じる者ともいえないとして,両名はこの点についても責任はないとしました。
最高裁判所は,この判決の理由の中で,成年後見人は被後見人についての身上配慮義務を負うことが民法で定められているが,これは事実行為として被後見人の現実の介護を行うことや被後見人の行動を監督することが求められているとはいえないので,成年後見人で身上配慮義務があるというだけでは直ちに民法714条の法定の監督義務者になるとはいえないと判断しました。
被後見人の行為により損害が発生した場合,成年後見人は監督義務者として責任を直ちには負わないという結論は下されましたが,そうなると被害の回復はどうなるのかという問題が指摘されます。
超高齢社会を迎え,今後成年後見事件が一層増加することが見込まれる中で,損害の適正な負担をめぐり考えていかなければならない課題となっています。
【成年後見制度の担い手】
成年後見制度において,どのような人が補助人,保佐人,成年後見人(以上を合わせて「成年後見人等」といいます)になっているのでしょうか。
最高裁判所が毎年統計結果を公表しており,その中に成年後見人等に選ばれた人がどのような人かまとめられています。
成年後見人等になっているのは,親族と親族以外の第三者に大きく分かれます。
親族は,子,兄弟姉妹,配偶者,親などです。
超高齢社会を反映して高齢者についての成年後見等の申立が多いことから,子が成年後見人等になる数が最も多く,平成26年度で約6,300件です。
第三者としては,弁護士,司法書士,社会福祉士などが成年後見人等になっています。
成年後見制度が実施された平成12年ころは,親族が成年後見人等になる割合は全体の85%程度ありましたが,その後減り続けて平成26年度では親族は約35%(総数で約11,000件)になっています。
これに対して第三者の成年後見人等は,当初は15%程度でしたが,平成26年度には約65%(総数で約22,000件)となっています。
本人の身近にいる親族が本人のことをよく分かり,どのような支援が必要かもよく分かっており,本人のことをよく考えてもいるので,成年後見人等になるのがふさわしいとも考えられますが,本人のことをよく考えているといっても,親族の視点から考えているのか本人の視点から考えているのかで本人への対応は異なります。
親族の視点から,親族が本人にとってよいと思うことを本人のためにすることになれば,本人にとって最善の利益を図ることはできるかも知れませんが,本人の意思には配慮がされなくなる可能性があります。
それでは本人の自己決定を尊重することにはならず,本人が現在持っている能力を活用することにもならず,成年後見制度がめざすところが反映しない支援となってしまうおそれがあります。
親族であるがゆえに本人への思いが強すぎて保護的な対応をすることにつながる可能性があるのであれば,むしろ,権利擁護,福祉についての専門的な活動をしている弁護士や社会福祉士という専門家が成年後見人等になるのがふさわしいと考えられます。
裁判所がどのような考えでこの10数年の間に親族後見人と第三者専門家との成年後見人等の選任率を逆転させてきたのか,理由は公表されていません。
親族後見人では成年後見人等が作成すべき報告書等の事務処理を適正に行えないという理由や親族後見人による本人の資産との混同使用があるという理由があったりするのかも知れませんが,本人を支援の中心に置いて,本人の意思決定を支援するという成年後見制度の理念を実現するために,成年後見人等の選任の段階から誰を選任するのかが考えられているのかも知れません。
※次回の掲載日は、11月30日前後を予定しております。
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